このまま
大学時代、都会で少しだけアルバイトをしていた。
そこのオフィス(?)は常にノリノリの音楽がガンガンかかっていて、準備にしろ片付けにしろ テンション高く明るくいこうぜ!仕事は全力で必死にやるんだぜ!というかなり体育会のノリが強いられるところだった。
一緒に働いた人たちは本当に楽しい人たちばかりで人間関係に不満はなかったけど、その体育会系のノリがどうしても合わなくて。
みんなと仲良くするのは好きだけど 仕事は淡々とこなしたい、無理やりテンションあげるのはちょっと意味わからん、疲れたら疲れたって言っていいじゃん。と生意気にもその空気に同調することはしなかった。
けど一方で、
でもなあ、みんな好きだしなあ、うまくやっていくには自分を変えなきゃなのかなあ、、
と悩んでもいた。
そんなとき、新しく仕事を教わることになったNさんと出会った。10歳くらい年上の男性。
一見静かなのだけど ユーモアがあって言葉のセンスがよく、わたしの好きな韓国の歌や付箋だらけの本にも興味を持ってくれた。
リーダーシップ抜群でとても仕事ができる人だったので、話す内容にも説得力があり、仕事のことやそれ以外でも とにかく悩んだらすぐに相談していた。
あるとき、Nさんが唐突にこんなことを言ってくれた。
「(わたしの名前)ちゃんはそこらへんの大学生とは違う。なんも気にしてませんって顔してすごい人のこと見てるしわかってるし、たまに世の中の幸も不幸も全部見てきた目をするよね。そういうギラギラしてない姿勢が魅力だと思うよ、そのままでいいんだよ」
そのときわたしはまさに会社のノリが合わず悩んでいたときで。
いろんな人からもっと上を望まれて 変わらなきゃいけないのか、大人にならなきゃいけないのかと思っていたときだったから
このままでいい、このままがいいと言ってくれたことが、震えるほど嬉しかった。
Nさんはこれ以外の場面でも、いつでも肯定してくれて たくさんあたたかい言葉をかけてくれた。
その存在にどれだけ救われたことか。本当に頼りにしていた。尊敬していた。
それからというものの、明るくていいね、いつも笑ってるねというようなことを言われると どうしようもない違和感を覚えるようになった。
自分が見られたいように振る舞っていて、相手はそれをそのまま評価してくれただけなのに、わかってないなあと悲しくなった。(勝手なのは承知です)
だから逆に、がんばってないときの自分、実はけっこう冷めている自分を見つけてくれて あえてそこを褒めてくれる人に出会うとすぐに心を開く。なんでもしてあげたくなる。
自分のことをちゃんと見てくれていた、というのが嬉しいんだと思う。
わたしも人の本質がわかる人になりたいです